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【第11回】子どもとアーティストが出会う活動の
「これまで」と「これから」
第1回 子どもとアーティストの、これまでの出会い

大澤 寅雄
(株)ニッセイ基礎研究所芸術文化プロジェクト室准主任研究員

掲載日:2014年07月06日

  • 10年という歳月を視野に入れて

私は、文化政策やアートマネジメントに関する調査研究を仕事にしています。多くの場合、調査研究の対象は、「いま、何が課題なのか」と「これからどうするべきか」について単年度から2カ年程度で考えることがほとんどです。ふと気がつくと、文化政策やアートマネジメントについて、長期的な視野から「今まで何をやってきたのか」や「どんなことを達成できたのか」ということを、丁寧に顧みる機会は、決して多くなかったように思います。

文化や芸術は、例えば経済のように、社会的な成果がすぐに顕在化しないということが、往々にして言われます。そのとおりだと思います。では、長期的に見れば社会的な成果が現れていると言えるのか?と聞かれると、実際のところ、私たちは明確な答えを持ち合わせていないのではないでしょうか。
『トヨタ・子どもとアーティストの出会い』は、"次代を担う子どもがアーティストとの出会いを通じて豊かな感性と夢を育む"ことを目的に、2004年から始まりました。いま、2014年ということは、この事業は既に10年という歳月が経過しているのです。10年です。2004年当時は小学4年生だった十歳の子どもが、今は社会人か大学生、二十歳の大人になっているのです。果たして、その当人にとって「アーティストとの出会い」は何を変えることができたでしょうか。

ここでは、特定の個人や集団に焦点を当てて検証することはできませんが、10年間の社会の変化と、子どもとアーティストが出会う活動について、考察してみたいと思います。

  • 2004年の『トヨタ・子どもとアーティストの出会い』以前を振り返る

『トヨタ・子どもとアーティストの出会い』が始まったのは10年前の2004年ですが、時計の針を、もう少し前に戻してみましょう。文部科学省の生徒指導関係略年表には、1997年、少年非行の凶悪や粗暴化、不登校の問題が取り上げられています。それ以前からいじめによる自殺事件なども大きな問題となっている中で、国では「ゆとり教育」の論議が活発になりました。

そうした一連の動きと関わりから、2000年に「総合的な学習の時間」が開始されました。そして、「総合学習の時間」と軌を一にして開始したのが、任意団体APA芸術振興協会(現在のNPO法人芸術家と子どもたち)によるArtist's Studio In A School、通称ASIAS(エイジアス) です。このASIASの開始以降、福岡や札幌でも、アーティストと子どもとの出会いをコーディネートする活動や組織が誕生し始めました。それに続いて、鳥取県や神奈川県などの地方公共団体でも、文化・芸術を学校教育に取り入れる施策や事業が開始しました。

また、2003年には、日本経済団体連合会が毎年実施する「新卒採用に関するアンケート調査」で、企業が採用選考時に重視する要素で「コミュニケーション能力」が第1位となり、最新の結果(2014年1月)に至るまで10年間連続1位となっています。この調査結果が、子どもたちのコミュニケーション能力を育むことが、アートの可能性の一つとして着目され始めた契機だったのではないでしょうか。
そうした社会的背景の中で、NPO法人芸術家と子どもたちとトヨタ自動車の協働事業として、2004年に『トヨタ・子どもとアーティストの出会い』が始まりました。

  • 2004年から2011年の東日本大震災まで

『トヨタ・子どもとアーティストの出会い』の開始は、事業だけでなく、事務局を担う体制やネットワークづくりが同時に展開され、同様の主旨の活動に取り組む各地のアートNPOの、顔の見える相互関係が徐々に形成されました。また、「子ども」と「アート」を視野に入れた企業の社会貢献事業としては、2005年には音響機器メーカーのTOA株式会社が『TOA Music Workshop』を開始しています。

子どもとアーティストが出会う活動は、地方公共団体にも波及しました。前述した鳥取県や神奈川県に続いて、2008年には滋賀県や東京都でも事業が始まりました。また、横浜市では、事業の担い手となる様々な団体が芸術分野やセクターを越えて連携するためのプラットフォームが構築されるなど、地方公共団体での取り組みが増え、事業の内容も多彩な進化を遂げていきました。

ところが、こうした動きとは裏腹に、国では2008年に子どもたちの学力低下の問題を契機に「ゆとり教育」の見直しが議論になりました。そして、2009年の民主党への政権交代によって「事業仕分け」の厳しい目が文化予算に向けられましたが、その一方で、2010年には文化庁が「次代を担う子どもの文化芸術体験事業」を開始しています。

この時期は、NPOから企業、さらに地方公共団体へと、セクターを越えた輪が広がっていた一方で、国レベルの政治の流れの変化によって、追い風が吹いたり向かい風が吹いたりするような、不安定な過渡期だったように思います。
そうした中で、2011年3月の、東日本大震災が発生しました。

  • 2011年から現在まで

東日本大震災は、子どもとアーティストが出会う活動に対しても多大な影響を与えました。1995年の阪神・淡路大震災に比べると、東日本大震災に際して、アーティストが被災地で行う活動は迅速で、活発だったように感じます。中でも、被災地の学校や避難所で、子どもたちを対象にした心や体のケアを目的にしたワークショップが数多く実行されました。また、そうした活動のためにネットワークが形成されました。Art Revival Connection TOHOKU、通称ARC>T(アルクト)の発足は、その象徴だと言えるでしょう。

今、子どもとアーティストが出会う活動について、震災以前と以降の何が変化したのかを考えてみると、震災以前は、「子どもたちのコミュニケーション能力、創造力、想像力、協調性などを育むためには、アーティストとの出会いは有効だ」という主張が広がりを持って受け入れられてきたように思います。それが、震災以降は、「コミュニケーション能力、創造力、想像力、協調性」といった個別の能力ではなく、より根本的な、子どもたちの「生きる力」のために、アーティストに何ができるのかを自問自答するようになったのではないでしょうか。

今回は、子どもとアーティストが出会う活動の「これまで」を振り返ってみました。次回は、様々な調査統計資料が示す数字から、「これから」を考える素材を探してみましょう。

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大澤 寅雄
(株)ニッセイ基礎研究所芸術文化プロジェクト室准主任研究員

1970年生まれ。(株)ニッセイ基礎研究所芸術文化プロジェクト室准主任研究員、NPO法人アートNPOリンク事務局、NPO法人STスポット横浜監事。慶應義塾大学卒業後、劇場コンサルタントとして公共ホール・劇場の管理運営計画や開館準備業務に携わる。2003年文化庁新進芸術家海外留学制度により、アメリカ・シアトル近郊で劇場運営の研修を行う。帰国後、NPO法人STスポット横浜の理事および事務局長、東京大学文化資源学公開講座「市民社会再生」運営委員を経て現職。共著=『これからのアートマネジメント"ソーシャル・シェア"への道』『文化からの復興 市民と震災といわきアリオスと』。

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