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【第7回】プロジェクト評価の1,2,3
第3回「状況に埋め込まれた評価」に重点を置いた評価

石幡愛(いしはた あい)
東京大学大学院教育学研究科博士課程

掲載日:2012年05月01日

今回は「状況に埋め込まれた評価」の事例をご紹介したいと思います。状況に埋め込まれた評価は、アートプロジェクトが行われる前に評価軸を設定しておくのではなく、プロジェクトの現場においてその実践が持つ意味や機能を明らかすることを通して、評価軸自体を探っていくという特徴を持ちます。そのため、現場の人々の実践的信念(何に価値を見い出し、何を目指すか)や、現場で起きている現象そのもの、それらに対する実践者自身の意味づけを探るのに適した、エスノグラフィーという手法が多用されます。今回は、幼児創作教室「ぐるぐるミックス」を例に、エスノグラフィーによる状況に埋め込まれた評価について見ていきます。

ぐるぐるミックスと評価の経緯

ぐるぐるミックスは、こどもとアーティストとまちの大人が、くらしのそばから「あそび」をうみだす創作教室です(谷中のおかってウェブサイト, 2011)。2011年度は、現代美術家きむらとしろうじんじん(以下、じんじん氏)を講師として、さらに、会場となる東京都台東区谷中のまちの方々をゲストとして迎え、ゲストの生活や仕事にちなんだ創作あそびを、4〜6歳の幼児とともに行いました(週1回×3週×6ヶ月=合計18回)。

エスノグラフィーの手順

 データ収集

ぐるぐるミックスは、スタッフのミーティング、準備、本番、反省会というサイクルから成っています。筆者は、スタッフとしてそれらに参加し、そこでなされた会話、起きた出来事を、メモや写真で記録し、配付資料を収集しました(参与観察)。不明な点や疑問があれば、インタビューによって追加情報を求めます。その際、雑談の流れで情報を引き出すインフォーマルインタビューがよく用いられます。こうした手法を用いるのは、観察者が現場に入り込むことによって、自然な(実験的でない、調査されているという印象を相手に与えない)状況を作り出すためです。

フィールドノーツ作成

こうして集めた情報をもとに、フィールドノーツと呼ばれる日記を書きます。このとき、自分の行動も含め、見聞きした出来事(データ)をできるだけ客観的な文章で記述します。客観的な文章というのは、個人的な印象ではなくて、自分以外の人が同じ状況を見たときにも同じように記述するだろうと思われる言葉という意味です。一方で、個人的な印象(特に、モヤモヤする点、引っかかる点)もまた、問いを深めていく上で重要なヒントになることがあります。それらは、データとは別に、観察者コメントとして記述しておきます。日記と一緒に配付資料も保存します。

概念化

ノーツに記録される情報は、誰が何と言ったとか誰が何をしたという、非常に具体的な情報です。ここから、彼らの実践的信念や意味付け、現場で起きていることのパターンやカテゴリなどを見つけるためには、ノーツの情報を抽象化する必要があります。そこで、複数のノーツを突き合わせて見返し、それらを要約するような概念を作っていきます(先行研究から引用する。新しい概念を作る)。  エスノグラフィーの特徴は、データ収集、フィールドノーツ作成、概念化が並行して行われることです。手元のノーツに基づいて導きだされた仮説的概念が的を得ているかを次のデータ収集によって確かめ、さらに仮説を深めたり概念を精緻化したりしていきます。こうした点が、仮説生成→データ収集→仮説検証へと直線的に流れる評価の在り方とは異なる点であり、仮説検証から仮説生成へ戻る矢印を加えた円環的な評価のプロセスと言えるでしょう。

現場に還元する

以上のプロセスを経て筆者が見出したぐるぐるミックスの実践的信念は、「個人として出会う場としての創作教室」でした。それは、ミーティングにおいて様々に表現を変えて語られたことであり(例えば、「"子ども"というコレ(クォーテーションマーク)が外れて誰々ちゃんになっていくことが大事」「ひとつの基準を決めるより、その人なりの判断で接してください」)、プログラムづくりにおいても重視されたことでした(例えば、演奏技術を教えるのではなく、生き生きと打楽器を叩くお姉さんを子どもの前に示すことに腐心する)。また、各回の現場では、スタッフはプログラム全体の進行を気にしながらも、子ども個々人の興味にできるだけ寄り添おうとしていました。

 筆者は、こうした発見を現場に伝えるとともに、反省会のやり方に関する提案をしました。それは、スタッフと子どもの間で起きた具体的なエピソードを挙げて、その時、スタッフ自身がその子の興味をどのように見取り、どのような想いや期待を持って、どのように働きかけたか、その働きかけにその子はどう反応したかを共有するというやり方です。この提案によって、最初は事務的な報告や反省に偏りがちだった会が、スタッフ個人の視点から子ども個人の魅力が語られるようになり、具体的なエピソードに基づいてプログラム内容やスタッフワークを吟味する方向へと変わっていきました。そして、反省会の変化に伴って、スタッフそれぞれが、子ども一人一人に寄り添って遊びを広げることと、プログラム全体の流れへ子どもを誘導していくことのバランスについて、意識して行動するようになっていきました。

まとめ

評価の目的は、現状を把握し、それに伴づいて、実践を改善するアイデアを提案することです。それは、前回紹介した理想の評価にも、今回紹介した状況に埋め込まれた評価にも当てはまりますが、特に後者は、現場の人々の言動に現れる無自覚な実践的信念や、現場で起きている現象やその意味を、概念化し自覚させるという特徴を持っています。こうした営みについて、杉万(2009)は、「科学は言説空間を豊かにする営みであり、人間科学は当事者と研究者が共同的実践の中から知識を紡ぎだす営みである」と述べています。つまり、状況に埋め込まれた評価は、現場の人々が自身の実践について語る言葉を獲得し、自身の力で実践を批判的に捉え、改善していけるようになるのを支援するという、エンパワメントとしての効果も持っていると言えるでしょう。

参考文献

谷中のおかってウェブサイト http://okatte.info/guruyami2010/mix/ 杉万俊夫. (2009). 人間科学における主観的言説の重要性. 集団力学, 26, 1-13.

石幡愛(いしはた あい)
東京大学大学院教育学研究科博士課程

1984年生まれ。東京大学大学院教育学研究科博士課程在籍。「遊ぶ」という行為が持つ、社会の余白に入り込む機能、社会の枠組みを揺さぶる機能について、フィールドワークによる実証的研究を行っている。2008年より、大学周辺にて、まちに子どもの遊びと学びの場をつくる「谷根千まち学」を運営。また、様々なアートプロジェクトや地域教育プロジェクトに関わり、心理学における調査法を活かしたプロジェクト評価の方法を探っている。

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